<リュクルゴス>
トラキアの大河ストリュモン河付近に住んでいるエドノス族の王「光を遮る男」リュクルゴスという男がいた。
トラキアの民衆たちの間では、ディオニソスを信仰する者たちが増えてきていたのだが、酒を飲んで亭主や子供をほったらかし狂喜乱舞する
女信徒たちの態度に我慢ならないリュクルゴスは、自ら狩用斧を携えて女信徒たちの元へ出かけていった。
そして彼女たちの持つディオニソス信教の証しである山ニンジンの葉杖を叩き折り、彼女たち自身も殺してしまった。
またディオニソスも侮辱されてトラキアから追放された。
ディオニソスはまだ幼く、自らリュクルゴスを罰する神の能力は持っていなかったため、
ゼウスがリュクルゴスを盲目にして、悲惨な最期を遂げさせたのだ。
アポロドロス説では、追い出されたディオニソスはとりあえず海中へ行きテティスの元へ逃れた。
そして仕返しとしてリュクルゴスの気を狂わせ、息子のドリュアスを葡萄の木だと思い込ませる。
リュクルゴスは葡萄の木に見えた息子に斧を撃ち込み、殺してしまったのだった。
ほどなくしてこの地に飢饉が訪れた。信託で「リュクルゴスを殺せば再び実がなるだろう。」と聞いたエドノス族は、
彼をパンガイオン山に連れて行き縛った。そこで彼はディオニソスによって馬で殺された。
幼いディオニソスとリュクルゴスの最期が描かれているあたり、信仰がディオニソスに
移り変わる誕生神話なのかもしれません。
<ペンテウス>
カドモスよりボイオティアのテーバイ王国を継承していたペンテウスは、
カドモスの娘アガウエとスパルトイの1人エキオンとの間に生まれた。
つまりディオニソスとは従兄弟にあたるのである。
彼が王位を継承してまもなく、民衆の間ではディオニソスへの崇拝が広まっていた。
いかがわしく狂気な信仰に、秩序を重んじるペンテウスには我慢のならないものであったが、
とうとう母親アガウエもがディオニソス崇拝に染まってしまった。
一説にはアガウエたちが信仰をバカにしたために、神罰で狂ってしまったのだとか。
とにかくペンテウスの憤慨は頂点に達した。狂乱する女信徒達を監禁したのだが、鍵を開けて脱走してしまう。
そしてキタイロンの山へ駆けていったのだ。
この状況を防がねばならぬと女信徒達を追いかけるペンテウス。
しかし狂気に満ちた母アガウエやイノたちに捕らえられ、
体を八つ裂きにされて殺されてしまう。息子を野獣だと思い込んでいたアガウエは、転がった首を杖で貫き
戦利品を誇るようにテーバイの町へ凱旋帰国した。
町の者は驚き、老カドモスが急いで館から飛び出て娘達を冷静に戻した。
そしてアガウエは手にした首が息子ペンテウスだったことを悟る。
「息子だと気づかなかったのは私達の罪です。しかし、これはあまりにも酷い罰ではございませんか。」
「神として生まれながら、お前達にさげすまれた私からの神罰だ。」
ディオニソスは冷然と言い放ったのだった。
<ミニュアスの娘達>
ボイオティア地方の古都オルコメノスを統治していたミニュアスには数人の娘達がいた。
やはりその頃、街ではディオニソス信徒の力が強さを増してきていた。
しかしアルキトエ、レウキッペ、アルシッペの3人娘は
信徒を馬鹿にして祭りには加わらず、家の中で機を織って楽しんでいた。
ディオニソス自らの誘いも拒んだため、神罰がたちまちくだった。
部屋の中は猛獣だらけ、織っていた織物は蔓に変化し、どこからか笛太鼓の音色が鳴り響く。家は揺れだし、恐れのあまり逃げ出す3人娘は
たちまちコウモリに変身して軒下や暗闇の中に逃げて行ってしまったのだった。
<プロイトス>
アルゴス領主アクリシオスの双生児として生まれたプロイトスには、
3人の娘リューシッペ、イピノエ、イピアナッサがいた。
アルゴス全土がディオニソス信徒で湧き上がっている中、彼女たちはこの祭礼を受け入れなかった。
そのため気違いになりアルゴス全土をさまよい歩いた。そして子供の肉を引き裂いてくらいついていた。
(これはヘシオドス説で、アクシラオス説ではヘラの木像を軽んじたためとある。)
さらにアルカディアとペロポンネソスを通り過ぎ荒地を歩きさまよった。
事の事態を重く見たプロイトスは、当時有名だったまじない師メランプスを呼ぶ。
彼はアミュタオンとエイドメネの息子で、予言者であり、薬と清めによる治療方法の発見者だった。
プロイトスの依頼に対し、メランプスはある条件を出す。
「貴方の主権の3分の1をもらえるなら、娘さんたちの治療を施します。」
プロイトスはそんな莫大な報酬は出せないと断ったが、娘たちはさらにひどくなっていき、おまけに他の女達も気が狂い始めた。
手のつけようがなくなったプロイトスは、仕方なくその条件を飲もうとしたがメランプスはさらに
「私の兄弟のビアスにも自分と同じだけの土地を与えたら治療をする。」
とふっかけた。これ以上の要求に耐えられなかったプロイトスはその条件で治してもらうことにした。
そこでメランプスはたくましい若者をひきつれ、叫び声と神がかりな踊りで女たちを山からシキュオンへ追い立てた。
追跡中に最年長のイピノエは亡くなってしまったが、他のものは皆正常に戻った。
プロイトスは約束通り所有地を分け与え、2人の娘をこの兄弟に妻として与えた。
<テュレニアの海賊>
ディオニソスはナクソスへ渡るためにテュレニア人(エトルスキ族)の海賊船を雇った。
ディオニソスを良家の人間だと勘違いした海賊達は身代金を取るために彼を拘束した。
しかし、いくら縄で結んでも自然に外れてしまうのだ。その様子を見た舵取りは只者ではないと悟り
「こ、この人は神様だ!すぐに陸へ連れ戻せ!さもないと海が荒れ狂うぞ!(´д`;;)ノ」
しかし周りの人間は全く信じようとはせず、ますます沖に船を出し始めた。
仕方がないのでディオニソスはマストと櫂を蛇に変えて、船をツタと笛の音で満たしてしまう。
自身を獅子の姿に変え、甲板に熊を召還した。驚いた海賊達は逃げ惑い、気が狂って海の中へ飛び込んだ。
そしてそのままイルカになったという。
ディオニソスを助けようとした舵取りだけは被害が及ぶことはなかった。
<エレウテルの娘達>
アッティケ村の西方ボイオティアの境にあるエレウテライという地は、キタイロン山の南側にあるブドウ栽培に優れた土地である。
ここの領主エレウテルには数人の娘達がいたが、彼女たちは狂ったように踊り歩くディオニソス信仰を怠ったために
気がふれてしまい、野山をワケもなく走り回るようになってしまった。
困った父エレウテルが信託を求めると、ディオニソスを祭れとのことだったので、急いで彼を崇めて娘達は病が癒えたのだった。
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